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伊藤計劃『ハーモニー』レビュー

 

ハーモニー21

今日紹介する本はこちら、『ハーモニー』伊藤計劃(新版)(ハヤカワ文庫JA)
この新版は、2010年に出版された本編に加え、「伊藤計劃インタビュー」追加収録されている。

 

『わたしたちはどん底を知らない。どん底を知らずに生きていけるよう、すべてがお膳立てされている

”ベストセラー『虐殺器官』の著者による“最後”のオリジナル作品。21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は見せかけの優しさと倫理が支配する“ユートピア”を築いていた。そんな社会に抵抗するため、3人の少女は餓死することを選択した……。 それから13年後。死ねなかった少女・霧慧トァンは、医療社会に襲いかかった未曾有の危機に、ただひとり死んだはずだった友人の影を見る――『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。日本SF大賞受賞作。”

-amazon内容紹介より

"伊藤 計劃(いとう けいかく、本名 伊藤 聡、1974年10月14日 - 2009年3月20日)は、日本のSF作家。武蔵野美術大学美術学部映像科卒。2007年に、『虐殺器官』で作家デビューしてからわずか2年ほどで早逝したが、その処女作はゼロ年代日本SFのベストに挙げられている。"

-Wikipediaより

ざっくりとしたストーリーは大災禍という核までをも使用した世界戦争の後、生き残った人類は自由と博愛と平等を第一とし、秩序と理性と優しさを以って、社会の安定と調和を新たに築いた。

その社会とは、人民は公共のリソースであり、人の持つ労働力、知性、生産性等はすべからく社会の安定と調和を保つ為、差し出さねばならない、捧げねばならないという社会。

故に公共のリソースである人民は、己の価値を損なわぬ様に、己の健康を保つ事こそが最上とされている、そんな社会。
そんな世界で生きる3人の少女のお話。

3人の少女はそれぞれ
その年齢には似つかわしくない程に老成し、達観しているようにも見えるカリスマ的魅力を持った少女『御冷ミァハ』
その少女をほぼ神格化し、心酔している本編の主人公となる『霧慧トァン』
そして3人の中では一番平凡で平均的に見える少女『零下堂キアン』

 

”『わたしたちの命は神の所有物から、みんなの所有物へとかたちを変えた。命を大切に、という言葉には、いまやあまりに沢山の意味がまとわりつきすぎているの』”

そんな3人がこの見せかけの優しさと倫理が支配する”ユートピア”に反抗の牙を剥き、自らの意思を表明する為にある企てを立て、行うという所から物語は始まるが…
その物語の結末は予想もしなかった場所に辿り着く事に。

 

”『ついに、わたしたちはここまで来た』”

まずこの『ハーモニー』で扱っているディストピア的世界観の内容は、背景に一つの流れとして、
『われら』『すばらしい新世界』『ハーモニー』というものがあるように思える。

上記作品で描かれているヒトの持つ意識と意志と、社会、国家との関係性やそのあり方。
そして幸福の形という問い。

 

それらをもっと現代風にアレンジして、煮詰めるとこの『ハーモニー』という作品になる。
作者によって、仕掛けられた作中のあるアイディアは面白く、効果的に機能していたように思えた。
描かれる風景と色の描写とその対比はとても映像的。
そして、ここが面白い所で、『ハーモニー』で描かれている世界や社会は、日本的社会(同調圧力、恥の概念)日本的風土の中では違和感は無く、むしろ見る人によっては、しっくりくる位のそんな社会が描かれている。

作者である伊藤計劃『ハーモニー』の中でその社会をこんな風に表現している。

 

”『真綿で首をしめるような、優しさに息詰まる世界』”

『ハーモニー』ではこの世界なりの涅槃とある種の理想郷が描かれている。
そしてそれは一つの『ユートピアの臨界点』。一つの『幸せの形』

しかし、この形が本当の幸福かどうかは伊藤計劃はまだ分からないとしている。
おそらくこの幸せの先に彼の考える答えがあったのでは無いかと思う。
この事は巻末に収録されているインタビューでも、本人が述べている。

 

"『その先の言葉』を探していたんですけど、やはり今回は見つかりませんでした、っていうある種の敗北宣言みたいなものでもあるわけで』。"

なので本来であるならば、その後の物語を読んだ上で考察なり、批評なりをしなければならないと思うのだが、残念な事にきっとこの先のそれ(彼の一つの問いとその答えの完成形)を描いてくれたであろう筈のその後の作品。
その作品は彼の時間が先に尽きてしまった為、(わたし)たちが見ることは叶わなくなってしまった。

しかし、確かに一つのユートピアの臨界点として描き切った本作を(わたし)たちは読む事が出来る。
その後に続く問いと答えはそれぞれが見出して行くべき与えられた命題なのかもしれない。
そして、その事こそが、この『真綿で首をしめるような、優しさに息詰まる世界』(わたし)たちが産まれた意味なのかもしれないのだから。

 

 

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